スタッフ紹介

akagawa clinic 診療受付

赤川元からのご挨拶

1956年9月の終わり。今、クリニックのあるこの場所で、僕は、父が執刀した帝王切開で生まれました。 


台風の中、停電している手術場。


骨盤位、胎児仮死。

母はその時36歳。


当時では本格的な高齢出産。 


そうして僕は57歳になりました。元気にやっています。


産んでくれた母も父も亡くなりました。 


今の僕は、自分の家族、その世界最小最強のユニットを思い、そのために生きている。


生きていることは仕事をすることであって、


社会の中で自分が何か役に立っているかを考え続けています。 


今はこの場所で診療所を開き、


赤ちゃんを産む、赤ちゃんが生まれることを手伝う。

この町に住む夫婦が自分たちの子どもを産む。 家族を増やす。


この町で暮らす家族が、もう一人の家族を迎える、兄弟姉妹が増える。


家族がこの町で暮らしていく中で発展する、その手伝いをする。


その出発点とも言える「家族のお産」を無事に終え、


「家族の生活」に入っていける手伝いをする。 


それが仕事だと思ってやっています。

自分が生まれたこと。


産婦人科医となってから大学や勤務した病院で立ち合った分娩のこと。


妻の出産、娘と息子の誕生。


赤川クリニックを始めてから扱ったお産のこと。


それらを経験し、
それぞれのお産がみんな違うことの意味に気づいて今があるのだと思います。

医師 赤川元


15万年前のアフリカのお母さんから今のお母さんたちに、途切れる事なく、果てしない時間の流れの中を受け継がれてきた「ヒトがヒトを産む能力」。その力がみんなの身体に備わっていることに気付いてもらえるように、その力を自ら引き出し、高めていってもらえるように、そんな妻、お母さんを家族が支えられるように、僕らは毎日仕事をしています。この町の木々の葉に、吹く風にも、僕らを包み、見守っている何かを感じませんか。そんな感覚を持って過ごしてみましょう。お腹の赤ちゃんがくれた特別な感覚かもしれません。

この先5年、10年と生きて変わりなく仕事をする事ができるかどうか。産む人たちに求められている、と傲慢にも思える間は頑張ろうと考えています。

2014年3月24日



*ひと月にお受けできる分娩予約数
クリニックのベッドのキャパシティと、お産をする皆さん、お産を終えた皆さんをしっかりお世話することを考えた末、ひと月にお受けする分娩予約は35件を越えないようにさせて頂きます。妊娠診断から来て頂いた方、赤川でのお産を再び選んで下さった方を優先させて頂きます。遠方からこちらに里帰りされる方は、妊娠初期に分娩予約をお願いします。



 
「心をこめて、寄り添います!」
 

「遠慮せずに何でも話して下さいね」
「自分らしく、マイペースに」

「いっしょに伴走しまぁす!」
「笑顔でお会いしましょう!」 

「リラックスしてお産に臨めるよう寄添います」
「毎日笑顔で頑張ります」

 
「ママの心に寄り添って」
(アロマセラピスト)


「親しみやすさをモットーに頑張ります」
「前向きに全力で頑張ります」

「親切、丁寧を心掛けて頑張ります」
「いつも明るい笑顔でお迎えします」

「きめ細かい対応を努めて頑張ります」
 


「楽しくおいしく!」
 

「色々なメニューを考えています。お楽しみに」

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